高槻城跡にて

お早うございます。2月下旬になり、ようやく寒波から解放されつつあるようです。

さて、22日に高槻へご挨拶に伺う用件の帰りに、高槻城跡へ足を延ばしました。

戦国時代はキリシタン大名の高山右近(左の写真は高山右近記念聖堂)の、そして関ヶ原の戦いに勝利した徳川家の天下となってからは、当初複数の藩主が移封転封を繰り返した後に、永井家3万6千石の城下町として、西國街道沿いの京と大坂の中間に位置する要衝としても栄えました。

しかし、1868(明治元)年の明治維新を経て高槻城は廃城された後、京都~大阪間の官設鉄道の敷設のため城が破却されました。その際、その石垣は軌道工事のために使われたためか、城跡には城郭の遺構は残っておらず、城内町などの町名や模擬石垣が築かれた公園などにしか面影が残っていません。